2009-11

卑劣な終わらせ方です。すいません。

先日の記事「言いたい事は最後の2行だけです」では最後の文章を書きたいがためのネタ的な意味合いが強かったんですが(笑)、大手のブログ様等から思いがけずリンクやトラックバックなどをいただいてたので、俺の糞みたいな思考についてちょっとだけ補足を。

まず記事を書いた動機についてですが「『デジタル』という言葉へのアレルギー」的な部分があって、それで触発されて書いたって部分も多少あります。

なめとんさんも、“「昭和」と「デジタル」に二分するとするとして”と前置きされてありますし、言葉とかそういうところに言及したかったのでなないと思うので先日の記事では俺もスルーしてましたが、俺が引っかかったのは「デジタル」という言葉をなんか普通に受け流してる人が多いような気がしたところなんです。
これは昨日自分でダラダラと記事を書きつつ自分の文章に対しても違和感を感じてました。
(文章の主旨がデジタルという言葉の部分じゃないから当然ちゃあ当然なんでしょうけども)

麻雀が滅びるかどうかについては「妄想をするのは面白いけど、実際滅びるかどうかの心配をする必要はないんじゃね」ぐらいのスタンスです。
ってか誤解を恐れずに書けば「消滅するのは麻雀ではなくて、麻雀におけるデジタルっていう言葉(っていうか概念?)のほうじゃね?」っていう。まぁこれは俺の誤解だと思いますが(笑)。

まぁ僕は長村(元)プロの本に載ってたような古いデジタルの定義(失礼)しか知らないんで、今のデジタルがどういう意味合いで使われているかを知った上で文章を書いたほうがよかったかもなぁ、ってのはちょっと思いまして。
反省してるところであります。



ちなみにウィキペディアだと…

「デジタル (麻雀)」
この場合の「抽象的な要因」としては、「ツキ」「流れ」「勢い」「運」といったものが挙げられる。こうした要因を考慮する場合、ある場面において戦術の取捨選択を行う際には、そこに至るまでの経緯をもとに「ツキ」や「勢い」の状態を分析し、それを実際の行動に反映させることになる。1980年代までの麻雀の戦術論はもっぱらこうしたアナログ的な、オカルト的な手法によって語られていた。
これに対して1990年、天野晴夫が「リーチ麻雀論改革派」(南雲社)において麻雀戦術論からの抽象の排除を提唱した。天野の戦術論は「より普遍性の高い有為なセオリーを積み重ね、常に冷静な洞察、状況把握、決断がなされる状態を保持し続け、誤打・暴牌を皆無に近づける」(「リーチ麻雀論改革派」250頁より引用)、「得られる限りの情報から、自身の現状がいかなる位置づけにあるのか、(中略)つねに的確な状況判断と、それに即した対応をおこたらない」(「天野晴夫のマージャンクイズゼミナール」198頁より引用)という言葉に集約される。天野は抽象的な要因を考慮することは的確な情報判断を鈍らせる原因にこそなれ、麻雀の上達には繋がらないと主張した。
2004年、とつげき東北が「科学する麻雀」(講談社現代新書)において、数理的・統計的な手法を採りいれた新たな麻雀論を提唱した。そこでは天野とは異なる観点から、抽象が否定され、「より普遍性の高い有為なセオリー」が提唱されている。


なるほろ。





なんか収集つかなくなってきたので、かなり卑劣な方法をとらせていただきますと…

俺の尊敬する01さんが書いてたコラムの中で、もう3年ぐらい前のやつですが「デジタルの盲点」って記事がありまして。
僕の立ち位置ってのは(01さんに影響されてることもあって)この記事に近い感じです。

http://ameblo.jp/010101/entry-10010178459.html

http://ameblo.jp/010101/entry-10010225712.html

http://ameblo.jp/010101/entry-10010266634.html

今語られてるデジタルってのがどういう意味を指すのか、明確に説明してるサイトを俺は知らないんですが、この記事みたいな論理的思考って意味で今のデジタルが使われてるんなら個人的にはいいんじゃないかなと思うんですけど、だとしたら何というか「いつの間にそうなったんでしょうか?」って感じです。

とにかく、定義が曖昧なまま「デジタル」って言葉が麻雀の理想形みたいな形で使われるようなことがあればそれは危険な兆候だと個人的には思うわけです。
僕の妄想癖がもたらした思い込みであればいいんですが。

ちょっと麻雀打ち全員に「デジタルの定義」について一斉にアンケートでもとってみたい気分っす。
…メンドくさいからやりませんが(笑)。



【宣伝】
01さんの過去コラムには今読んでもかなり新鮮なものが多くあります。
僕もかなり影響されてる部分が大きいです。
気になる方はコラム一覧から読んでみてください。




…また着地地点が分からなくなってしまったので、強引にオトします。

マジメな話は苦手なんですよねー、自業自得なんですけど。

どっかで見たんですが「真のデジタルは麻雀なんてしねーよ」ってコメントが個人的にツボだったっていう、そういう話です(笑)。





P.S.
卑劣ついでに…
てつぬこさんも関連記事っぽいの書いてますよ!






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言いたい事は最後の2行だけです

※以下の記事には根拠とか一切ありませんので適当に読み流して鼻で笑ってやってください。


なめとんさんの記事 仮説「麻雀は滅びる」を読んだりしたわけですが。


タイトルだけ読んだ時点では、最近起きた雀荘での事件なんかのことがきっかけで雀荘が世間から消える、とかそういう話か勝手にと思ってましたがどうやら違いました。



本題。


こういうのを悶々と脳内で妄想するのが好きなのでちょっと書いてみます。

そもそも麻雀の「デジタル」とか「昭和」とか「オカルト」って概念自体、人によって解釈とか定義が違うのであんまり使いたくない言葉なんですが…

まー確かに「デジタルだけ」になったら麻雀はあんまり面白くなくなるかもしれませんねぇ。
同じ局面で全員がセオリーにしたがって同じような判断を下すとしたら、配牌とかツモがいいモノ勝ちになるような感じ?
…だったら僕はあんまり面白くないと思います。
強さとゲームとしての面白さが別物だってのは承知してますが。

仮にデジタルという麻雀が研究されつくしてひとつの「基本」となっても…
流れ、デジタル、押し引きなど、時代によって新しい概念が生まれてくるのも麻雀だったりすると思うので、何か新しい言葉と概念が生まれてそれが流行る可能性もあるんじゃないかなぁ。

「神の見えざる手」じゃないけど、世の中自然とバランスがとられていくと思いますし、「デジタルだけ」になって閉塞的な状況になったらそれを打ち破ろうとする人間が出てくるような気がします。

それに何かの本に書いてあったけど「デジタルは基本でしかない」と。
それを実戦では場況や読みとどう絡めて行くか、という。
だから、じゃないけど、基本の部分がしっかり研究されつくしてもたぶん麻雀は滅びないと思う。

えっと、とにかくいろんな打ち手がいたほうが面白いのと思うのでいろんな打ち手がいてほしいな、と思う次第であります。

…まとまって無ぇ。




で、実際問題「デジタルだけ」になる可能性があるかどうかについての俺の勝手な妄想と願望↓

たとえばネット麻雀なんかの上位プレイヤーがお互いに「デジタル」におけるセオリー的なものを極めつくして、「あとは配牌とツモ次第」とかそういう域に達したら、バカらしくなってやめるとか、延々とセオリーにしたがって打つのに飽きてやめるとか「上級者にとっての麻雀は滅びる」ってことにはなりそうな気がしないでもないっす。
実際は色々と工夫したり細工したり変化をつけて配牌とかツモの悪さをカバーしていくでしょうし、それが昭和とかアナログとかそういう部分なんでしょうし。

とにかく、上位者における麻雀が滅んでやめていったとしても、俺とかの一般の麻雀打ってる人にとってそこまで多大な影響があることなのかな、と。
俺とか一時期はデジタルを名乗りつつも適当に打ってましたし(笑)、下位の打ち手なんてそんな感じなんじゃないっすかねぇ。
麻雀をやってる人の殆どは趣味でやってる方でしょうし、その中でマジメに自分の実力アップのために勉強してる人となるとかなり少なくなる気はするんです。
ネット麻雀で全員が実力を競っているとすれば、全てが実力通りにいきすぎて麻雀が滅ぶことにつながるのかもですが、必ずしもそんな人ばかりじゃないと思いますし。

ただ、勉強する環境としては昔より今の方が整ってると思うのでちゃんと勉強すれば短期である程度のレベルには達し得るようになってきてるとも思うのでなんとも、って感じで。
ちょっと脱線しますが、麻雀は今「やる気さえあればけっこう簡単に強者になりえる数少ないゲーム」のひとつな気がします。

とにかく、ネット麻雀をマジメに頑張ってる層と、強さ云々の話は気にせずホントに楽しみのひとつとして遊んでいる層ってのがあると思うので、全体にひとつの考え方がきちんと行き届くってことがあるかどうかは微妙な気がします。

この先麻雀のセオリー的なものがどうなっていくかは非常に気になるところです。
手牌の受け入れ枚数とかだと数字で明確に差が出るけど(ちなみに俺は細かい何切るみたいなのは苦手っつーか嫌いです)、押し引き判断とかだと「やっぱあれは間違いでした」ってこととかもありそうだし。
将棋とかと違って配牌からツモまでみんな違うし、全てにおいて正解があるゲームではないと思うし。

それと定義はよくわかりませんが、「デジタル」の究極形を書いた本があるとして、全員がそれを読んでそれに基づいた麻雀をやるとする…
それでもそこはあくまで人間がやるゲームなのでやっぱ違いは出てくると思うんです。
たとえば「東1局0本場の序盤で白と中をポンしてる他家に対して發を切るかどうか」という判断で、仮に「序盤なら切ったほうが特」という結論づけがなされているとしてもそこで実際に發を「切る人」と「切らない人」が出てくると思うんです。人間が打ってるかぎりは。

ってかデジタルだと全員が同じ打牌をするってわけじゃないですよね?その辺よく知らないんですけど。
デジタルを名乗るプロ、オカルト的なものを考慮するプロにもそれぞれ色んな打ち手がいると、テレビの麻雀番組なんかを見てて思います。
…研究が進んだら同じになっていくってことなのかな?

非デジタルな考え方については、麻雀プロ団体の偉い方がテレビで「流れ」とか「牌勢」とかそういう言葉を用いて解説したりとかするかぎりは、見てる人の中にはプロへの憧れやそういった感情からそれらを意識し続ける方がいるでしょうし簡単には無くならないんじゃないかなぁ、と。一般の麻雀ファンはそういう感じでは。

だから実際問題「デジタルだけ」になることは多分無いと思うんです。
それにやっぱ、いち視聴者・観戦者の立場としてはいろんな打ち手がいてほしいと思うし。
麻雀を興行としてとらえた場合、同じような打ち方をする4人を連れてきても面白くなさそうってのもあるし。
こういうのってホント、個人的願望なのですが。


俺なんかは、流れとか牌勢みたいなのは考えない(そこまで考える余裕がまだない)んですが、持ち前のネガティブさをこじらせすぎてある意味オカルトっぽい考えになってることがあったりしますし(笑)、そういう意味では自分は昭和とかオカルトに分類されるのかもしれないなぁと思ったり。




ただやっぱ、麻雀をやる相手がそれまで研究され尽くされたセオリー通りの、CPUのような無機質な感じだったら、果たして麻雀を続ける意味があるのか?ってのはちょっと思うところです(もちろん、デジタル=無機質とかみたいには思ってません。あー、いちいち説明するのがメンドイ)。
滅ぶ可能性はあるのかもなぁ、と。

俺はリアルやネットでいろんな打ち方、考え方の人と遊べるからこそ麻雀をやるんです。

たとえば相手が全員CPUで何かひとつの判断基準に基づいて「この場面では必ずこうしてくる」って感じの毎回同じような打ち方だったらすぐ飽きてやらなくなると思います。
…いや、脱衣麻雀ゲームだったら全力でやるんですけど。





マイルCSにも俺の暗黒予想が炸裂するのか

どうも。
麻雀で「トバす」のは苦手ですが、競馬予想で「トバす」のは大得意です。
山下です。



もう全然当たる気とかしてないんですけど、一応予想を晒しときます。



音無調教師が「ザレマをカンパニーはかわすと思う」って言ってたので信じてみる。

2009y11m22d_014256625.jpg

逆の意味で参考にしていただければ。

ファンサカ32節 暫定メンバー

イップス福岡

出場選手  システム 3-5-2

GK 川島 永嗣 川崎F 5570万
DF 石川 竜也 山形 2800万
DF 伊藤 宏樹 川崎F 6520万
DF 横山 知伸 川崎F 2420万
MF 小笠原 満男 鹿島 5960万
MF 遠藤 保仁 G大阪 9210万
MF 森 勇介 川崎F 3920万
MF 谷口 博之 川崎F 3230万
MF 中村 憲剛 川崎F 1億130万  (C)
FW ジュニーニョ 川崎F 1億3670万
FW レナチーニョ 川崎F 4370万



もう、ある程度固めていくしか無ぇっ…!

ジャーマン放銃

先日、一発ツモ太郎さんの配信(三段昇段戦)に凸させていただいた対局より。

配信ログ






東1局、發を仕掛けての早アガりを目論んでいたところ、他家からリーチの声が。

2009y11m20d_071007468.jpg
「うーん、どうすっぺか…」







2009y11m20d_072729953.jpg
「読めねーからゼンツもありかもだけど、ここは慎重に中スジの6ソウから!」







2009y11m20d_073009265.jpg
ヅガーン!



当たった直後「このあと手が進んで、裏スジ(だっけ?)の5−8ソウで当たったら自業自得だけど、6ソウぐらいは通してよーん!」とか思ってました。

まぁ結局8ソウも通らないってオチなんですけども。

正解は1、2萬落としだったとさ…。


でもまぁこの6ソウ切りで笑ってくれた人がいたので満足。




http://tenhou.net/0?log=2009111923gm-0081-0000-xb8a64e0430d3&tw=2




というわけで、ツモ太郎さんの昇段戦を東1局でぶちこわした形のドイツ市民なのでありました…。

この後バームクーヘンをヤケ食いしたことは言うまでもありません。




ツモスーをツモってもらったほうが配信的にはまだ面白かったかのう…。





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